周囲にどんなに嫌われても自分だけは自分を好きでいたいものですが、しばしば自分のことが嫌いになってしまう人がいます。
そうなると何をするにも辛くなってしまい、メンタルが持ちません。
自分を嫌いになってしまうのにはどんな理由があるのでしょうか。
また嫌いになってしまう人に共通する傾向は何でしょうか。
こちらの記事ではそれらを確認した上で改善策をご紹介します。
もし悩んでいたら参考にしてみましょう。
自分が嫌い・・・好きになれない
嫌いなのが他人ならできるだけ離れれば済みます。
でも自分が嫌いだと逃げることができないので、いつまでも付きまとう悩みになってしまいますよね。
この悩みを抱えている人は、どうにか自分を好きになろうとしても好きになれるポイントがみつからないことも多いでしょう。
このままでは辛いので、改善するためのステップを踏んでいくことが大切です。
なぜ自分が嫌いなのか考えてみよう
「自分が嫌い」この感情は何の理由もなく溢れてくるものではありません。
しかし逆に言えば、理由があるからこそ改善ができます。
なんとなく漠然と自分を愛せない人は、その根本にある原因を探っていくことから始めてみましょう。
️自分が嫌いになる理由
生まれたときから自分が嫌いなんて人はいないので、必ず何かしらのきっかけがあり、その後の経験の蓄積で嫌いになる度合が高まってしまったと考えられます。
あまり頭の中だけで考えすぎると落ち込んでしまいます。
理由を明確化することが大切ですので、次の項目でその手順や考え方のポイントをご紹介します。
まずは理由を知ることが大事
理由を知れば改善策につなげていくことができるので、辛くても楽になるために自分が嫌いな理由を掘り下げていきましょう。
まず紙とペンを用意してください。
頭の中にある情報を書き出すことで客観視するためです。
また、脳内の記憶は外部にメモなどを残すと、頭の中に入れておかなくてもいい記憶になるので自分を縛らなくなります。
さて、紙とペンが用意できたらいよいよ理由を掘り下げていきます。
掘り下げ方にはいくつかの方法があります。
いつ頃から自分が嫌いになってきたかを思い出してみるのがひとつの方法です。
これはきっかけを思い出すのに役立ちます。
それをできるだけ年数や季節とともに紙に書きます。
そのきっかけから、なぜ自分のことを嫌いになるのかの主な理由が見えたら関連する記憶を呼び起こして紙に書いていきましょう。
着眼点は下記のような分類があります。
1、人に否定された
人に否定された経験の積み重ねが自分を嫌いになる理由であることは多いです。
とくに、肯定してくれるべき人からの否定は心に傷をつくります。
親、親戚、教師、仲の良い友達、上司などです。
自分との距離が近い人に否定されたことがないかを考えてみましょう。
否定にも種類が色々ありますが、他人から見て傷つくようなことかどうかは関係なく、自分の心の中にひっかかっているものは全て書きだします。
たとえば、将来の夢が現実的ではないからと親から否定された、勉強を頑張っているのに教師からバカ扱いされた、仲が良いと思っていた友達からのちょっとした裏切り、親戚から職業を否定されたり上司から業務態度を否定されたなど思いつく限り書きだしてみましょう。
2、人がどう思うかが気になる
本当は自分がしたいことがあるのに周囲の目が気になって諦めたり辞めてしまったことを書きだしていきます。
部活を頑張ってはいたけれども技量が上がらないので恥ずかしさで退部してしまった、好きな人がいたが相手のスペックが高すぎて釣り合わないと考えてしまい告白しなかった、仕事で既存のやり方が非効率であるとわかっているのに周囲の批判が怖くて新しい方法を切り出せないなどです。
その周囲の目の中にも特定して意識した人物がいれば合わせて書き留めます。
そうすると、気になってしまう性格のタイプの相手がわかってくることもあります。
もし傾向がなく多数の他者全般が気になるようであればそれでも構いません。
3、違う自分を演じ続けている
まず本当の自分の人物像を書きだしていきます。
良い所も悪い所も全てです。
飽きっぽい、純粋、可愛げがある、バカなことが好き、甘えたい、何事にもやる気が出るまで時間がかかる、集中力は高い、お酒は飲めるが好きではない、どちらかといえば食べる方が好き、などです。
次に、周囲の人が自分に期待しているであろうこと、そう思っているであろうことを書きだします。
実際に言われた言葉でも良いです。
まじめ、大人っぽい、冷静、思慮深い、頭が良い、酒飲み、謙虚、など外面のものが多いはずです。
その他、詰めが甘い、子供っぽい、だらしない、などネガティブなこともあるかもしれません。
あるいは、長男長女のように生まれた順によって「お兄ちゃんでしょ!」「お姉ちゃんでしょ!」と言われ続けてきた結果、子供の自分が置いてけぼりになってずっと長男長女である自分を演じ続けてきたということもあります。
大人になって解放されてもなおそのキャラが染みついてしまっているかもしれません。
それらを比べ、自分が思う自分と他人から見た自分との間にギャップがあるものを繋いでいきます。
ギャップがある部分が多いほど日頃から期待に応える演技をしようとして疲れてしまっていることがわかってきます。
また、演じる役では言わない、やらないようなことは本心では見せたくても抑え込んでいる可能性があります。
抑え込んだ物事があればそれも関連させて書き留めましょう。
4、自己表現ができない
自己表現ができないことは子供の頃から遡って考えてみます。
幼稚園のお遊戯会や国語の時間の音読が苦手だった、チーム作業で自分の意見をなかなか言えなかった、自分から告白したことがなく好きでもない相手と付き合ってしまった過去がある、着てみたい服のジャンルがあるのに似合わない気がして着れなかった、おしゃれな店に入れないなどなどです。
どんな相手を前にした時か、いつ頃からか、自分が似合わないと思ってしまうのは何故かを掘り下げてみましょう。
それぞれは別のことに思えても共通点が見えたらそれも書き留めておきます。
5、完璧を求めすぎて好きになれない
とりあえず、自分が完璧になりたいと思っているのに完璧ではないから落ち込んでしまうというポイントを書きだします。
完璧を求めすぎると自分とのギャップが大きくなり、自分を嫌いになることがあります。
外見、仕事のスキル、性格など完璧を求める方向は人それぞれです。
このような人は周囲の人の良い所ばかりに目が行き、それが自分にないことに劣等を感じてしまう傾向があります。
しかも、完璧とする度合が尋常でないことが大半です。
ちょっと賢いくらいでは満足せず、学校なら学年のトップに憧れ、行き過ぎればエジソンやニュートンになりたがり、美を追い求めて人気女優になりたがったり、はたまたガンジーにでもなりたいのかというほど人格を極めようとしてみたり。
自分が追い求めている完璧象が自分が頑張ってどうにかなるレベルなのかよく考えてみましょう。
6、できない自分が嫌すぎる
できない自分が嫌いということは、根底ではできると思っている節があります。
ただ、できない結果はできない理由に基づいているものです。
単純に才能がなかったり努力が足りなかったりするのですが、掘り下げずにできると思いこんでいるから、できないと傷つくのです。
この場合、できなかったことに対して何故できなかったかを分析することが大切です。
まずできなかったことを書き出してから、自分に足りなかったことは何か、どうすればできたかもしれないのかを具体化してみましょう。
7、自分の都合のいいように悪くしている
自分に対する嫌悪に依存して、本当に傷つくことから逃れているというもの。
これが一番やっかいな理由です。
たとえば好きな人に振られてしまったとき、原因は性格だったとします。
しかし、以前にその相手が「背の高い人が好き」と言っていたのを引っ張り出して「背が高くないから振られた。どうせ背の低い私なんて元々ダメだったんだ。」と思い込むなどです。
背が低いことより性格が悪いことを指摘される方が傷つくので回避しようとします。
しかし、性格が悪いことが原因で振られたとすれば背の低い人が好みの人に告白しても振られるでしょう。
多くの場合、自力では改善できない別の理由と結び付けてダメだったことにします。
それを続けると、根本を改善していないので相手から否定される経験ばかりが積み重なってしまい自己嫌悪にはまっていきます。
本当の理由を自ら覆い隠しているので、本当のことは自分だとなかなか気づけません。
辛いですが冷静に自己分析してみる以外、改善策は見当たらないといえます。
8、人と比べている
基本的に自己評価が低くなるのは人と比べているからです。
全世界の人がまったく自分と同じ外見、同じ能力の同一人物だらけだったら自分を卑下する必要がないので自己嫌悪に陥ることはありません。
誰でも少しくらいは自分と人とを比べてしまうものですが、自分が嫌いになるほどの人は比べる相手や比べる内容を間違えている傾向があります。
比べるということはその相手を競争相手だと思い込んでいることになりますが、自他ともにライバルと認める存在ならまだしも、大抵の場合は同じ土俵にいない相手だからです。
競争相手は、限られた椅子に座るのがどちらになるかというレベルにのみ存在するのであり、その他の場において二人の差は個性の違いや能力の種類の違いに過ぎません。
比べるだけ無駄です。
そんな無駄な比較をしていないかどうか、書きだしてみましょう。
あるいは、単に人の良い所ばかりをかき集めて全てにおいて同じレベルになろうとしているなら到底無理です。
人から感謝された記憶などを呼び起こして自分にも良い所があると認めましょう。
9、自分にコンプレックスがある
コンプレックスはよく聞く言葉ですが、改めて辞書を引いてみます。
新潮現代国語辞典によれば「強い感情的経験をもとにした観念の複合体。
一般に無意識のうちにある記憶をいい、特に抑圧されて意識に上らなくなっている観念の集まりで、しばしば病的な行動を引き起こすものをさすことが多い」「インフェリオリティーコンプレックス(劣等感)の略」とあります。
インフェリオリティー(inferiority)が「劣等」という意味で、コンプレックス(complex)は複合体、集合体がもともとの意味なので、単なる劣等感というよりは経験などが複雑に絡み合ったものだと考えるのが妥当です。
意味が確認できたところで、自分のコンプレックスに向き合ってみましょう。
たとえば歯並びが悪いことを気にして人前でうまくしゃべれない人がいます。
この人は自分のコンプレックスは歯並びの悪さだと思っています。
しかし、歯並びなど気にせず明るく快活に話せる人もいるので、実際歯並びが悪いかどうかは直接的な原因とは考えにくいのです。
お伝えしたとおり、コンプレックスになるのは経験が複雑に絡み合った時であるため、おそらく記憶に薄いようなレベルでも歯並びの悪さを指摘された経験があるはずです。
それも、楽しく話をしていた時にふと言われて意識せざるを得なくなったというようなものでしょう。
あるいは、間接的に指摘されたような気がしたということもあります。
自分の好きな人が「鼻が高い子が好きなんだよね」と言っていたのを耳にして自分の鼻の高さが気になりだしてしまい、気になるがために鼻が高いことの利点ばかりに目を向けて自分の劣等さを感じたりするなどです。
自分にとって何かがコンプレックスになってしまっているなら、それがいつごろから気になりだしたか、誰の言葉や情報が引き金だったかをまず考えてみましょう。
10、「どうせ自分なんて」とネガティブ
ネガティブに見える「どうせ自分なんて」という言葉ですが、ある種便利な言葉でもあります。
何の行動も起こさなかった結果好きな人が別の人と付き合い出してしまっても「どうせ私なんて(もともと勝ち目がなかった)」と諦めがつきますし、仕事を不注意で失敗しても「どうせ私なんて(何をやってもダメだからこんなもん)」と不注意に目を向けなくて済むからです。
つまり、不注意をしないように努力する必要がなくなります。
人間の心理というのは複雑で、実はこう思うことで傷つかないように自分を保護していることがあります。
自分が自分を好きでいると、他人から嫌われたときのギャップが激しく傷つきやすいですが、自分すら自分を嫌いなら他人から嫌われても「でしょうねー」で済ませることができるのです。
あるいは家庭環境や不幸なことの連続で幸せになれるチャンスがあっても、その幸せが壊れたときのダメージの大きさを知ってしまい、一定的に「やや不幸」を望んでいる場合もあります。
これもギャップに耐えられないからです。
これらは自己保身的なネガティブで、いつからこのように考えるようになったかを洗い出す必要があります。
️自分嫌いにはデメリットがたくさん・・・
さて、紙とペンによって自己分析を進めたら、ちょっと休憩して自分嫌いによるデメリットを確認してみましょう。
デメリットが分かることで自分嫌いから脱却したいというモチベーションを上げていくためです。
デメリットだらけなのですが、代表的なものを4つご紹介します。
自分の心を傷つけてしまう
自分を嫌いになることは、目に見えない自傷行為です。
自らを既に傷つけておくことで他人からの攻撃の痛みを分散しようという心理が働いています。
しかし、傷を負っているものは戦力外。
チャンスを目の前にしても起動力に欠けます。
傷によって感情のコントロールもあやふやになっていきます。
何か特定の不幸が起きたわけでもないのに涙が出たり、イライラしたり、一気に無感情になったりするなどです。
こうなると対人関係も上手くいかなくなり尚更自己嫌悪に陥っていきます。
自己嫌悪が悪化すると一番の自傷行為である「自殺」を考え始めます。
目に見えない傷では飽き足らずリストカットなどを繰り返すのです。
ある意味、周囲に自分の傷をアピールして助けて欲しいと信号を出しているともいえます。
しかし他人からすると正直関わりたくない人間であるため、救いの手が差し伸べられることは稀です。
復讐心にも似ており、周りを責めたてる方法として本当に自殺してしまう人もいます。
こうなっては取り返しがつきません。
傷の浅い内に治すことが必要です。
何事にも無関心になる
自分は何をやっても失敗する運命になると考えている場合、失敗前提なので新しいことを何も始めなくなります。
仕事もルーティーン作業を選び、生活もワンパターンになってくでしょう。
刺激がないので脳も活性化せず、堂々巡りの毎日を過ごします。
また、物事に対してだけでなく他人に対しても無関心になります。
好きな人や親友、親など信頼したり好かれたいと思っている人に「嫌い」と言われたらダメージが尋常ではありませんが、どうでもいい人からの「嫌い」はどうでもいいからです。
他人に対して興味を持たないことで将来的に傷つくリスクを回避しようとしています。
しかし、こんな生活を長続きさせることはできません。
何か大きな傷がありそれを癒すまでの間の制御くらいならいいですが、1年以上も無関心の状態が続くのは危険です。
何事にも無関心の人には他人が寄りつかないので、いざ無関心をやめようとしても抜け出せないほど周囲に人がおらず、やむなく無関心を続けなければならなくなります。
他人に不信感を抱くようになる
被害者意識の高い自己嫌悪の場合は他人に対して不信感を抱くようになります。
これは「他人=攻撃してくる人」として概念が固まってしまうからです。
現実的には、好意を持ってくれる人1割、どうでもいいが8割、嫌ってくる人が1割程度なのですが、絶対的に好意を持ってくれる人(親など)以外の95%くらいを「嫌ってくる人」と認識しています。
面白いといっては失礼ですが、自分が好きになった人から告白されているのに「詐欺なんじゃないか」と思って振ってしまう人もいるそうです。
じゃあなんで好きになったんだ、と思いますが、憧れの対象であって付き合いたいとかではないようです。
あるいは、好きになった人は永遠に憧れでいてほしいのに「自分なんか」を好きになるくらいだから程度が知れた奴だと思って急に冷めたりもします。
本来の魅力を発揮できなくなる
自分の魅力が発見できていない、あるいは魅力があったことを忘れてしまっているので発揮できなくなります。
魅力なんていうと大層なものに思えて「そんなもの元々ない」と思うかもしれませんが、誰でも何かしら人を惹きつける力は持っているものです。
ちょっと気遣いができる程度のことでも、特定の人にとっては大変好ましい振る舞いであるということもあるのです。
自分では好きになれない顔も、誰かにとっては魅力的だったりもします。
今周囲にいるわずかな人数の中で自分の魅力をわかってもらえないからといって、全世界の人にわかってもらえないということではありません。
自己嫌悪に陥る前に、行動の幅を広げてもっと多くの人と出会い、自分の魅力に気づいてくれる人がいるところを目指す方が建設的です。
️自分嫌いを治すとっておきの改善方法
ではいよいよ改善方法に取り組んでいきましょう。
紙とペンに書きだした内容から、自分を嫌いになる理由が見えるはずなので、それを打ち消す言葉を書いていきます。
雑でもいいのでとにかく打ち消す言葉をありったけ書きこむのがおすすめです。
思いつくかぎりたくさんです。
たとえば、「お前の話ってつまらないよな」という言葉に苛まれているなら「趣味が合わないだけ」「言うても、こいつがつまらないんじゃないか」「いや、私は面白い」「そう言われる以前までは笑わせたことも何度もあるし調子が悪かっただけ」などなど。
「ブス」と言われて傷ついたなら「ブスでも明るい人がいる」「言われるほどブスではない」「目と鼻と口があるという意味では女優と一緒」「たぶんどこかの世界では美人になる」「時代が追い付いてない」など雑でもいいからとにかく打ち消しましょう。
それに加えて下記のことを実行するとより改善が早くなります。
少しでも笑顔でいることを心がける
無理してでも笑顔でいると、表情筋に笑う癖がつくので、長く続ければ自然と笑えるようになってきます。
なんだかんだあっても笑顔の人の周りには人が寄ってくるので、会話による情報が刺激になり脳が活性化するので、既に内在する少ない情報だけを抱えてネガティブに陥っている状態から回復できるようになります。
また、自分にとっての欠点を嫌いになったり気にしたりするより笑いに変える方が得です。
ソフトバンク代表の孫正義さんの名言があります。
Twitterにてフォロワーから「髪の毛の後退度がハゲしい。」とおちょくられたことに対して「髪の毛が後退しているのではない。私が前進しているのである。」と見事な返しをしました。
これに対してフォロワーは「生え際さえついてゆけないほどに。」「置き忘れてるんですね!速すぎる!」「今度から使わせてもらいます。」と返答しました。
前例のある言葉だそうですが、これは全世界の髪に悩む人たちへ笑いを提供したことでしょう。
他にも、ハゲネタは秀逸で、「不毛な値下げ競争が始まった」という批判に対し「不毛ではない。まだ少し残っている。」と返したり、「ハゲは、病気ではなく、男の主張である。」とツイートしてもいます。
このように、物事は捉え様。
欠点を嫌って落ち込むか笑い飛ばすかは、自分次第でどうにでもなるのです。
思い切って誰かに相談しよう
自分の欠点を覆い隠そうと必死になるからこそ意固地になって辛くなります。
思い切って誰かに打ち明けることで心が軽くなることがあります。
ただし、相談する相手に共感を求めてはいけません。
あくまで打ち明けることが目的です。
共感を欲しているとそれが得られなかったときにまた自己嫌悪に陥ってしまうからです。
もし相手が素直にアドバイスをくれたらそれは素直に受け止めましょう。
傷を抉るような事実を突きつけられるかもしれませんが、そういう考え方を自分の中に取り込むことで視野を広げていくのに役立てようと考えればOKです。
自分で自分を認めよう
好きになるまでいかなくても、自分を認めることが大切です。
認めたくないからこそ覆い隠そうと必死になったり、自らを傷つけて本当のダメージを逸らしたりするため、認めないことには改善できません。
紙とペンによって、今の自分がどのような経験や歴史で形成されたかがわかってきます。
「なぜこのように考えてしまうのか」「変わりたいけど方法がわからない」など脳内でグルグル考えず、理由に基づいて今の自分があることを認識しましょう。
他人と比べるのをやめる
良い意味で比べるなら比べることも否定はしません。
自分が怒りっぽい性格であることを自覚している人が穏やかな人の考え方を学びたいと思って相談したり、仕事ができる人のやり方を真似して向上していくことは良いことです。
ただし、個人は個人。
誰かそのものになれることは絶対にありません。
どんなに整形して女優の顔になっても女優になれるわけではないし、どんなにお金持ちになっても幸せになれるかどうかは自分次第です。
また、立場上の違いがあっても個人は個人の領域を出ることはできません。
自分が上司だからといって部下を傷つけるのは人間として間違っていますし、お金持ちだからといって貧乏より偉いということもありません。
誰かと比較して地位や名誉を得ようとすると、人間としておかしなことになってしまいます。
そして、そんな立場を利用して支配しようとしてきたり傷つけてくるような人の相手などする必要もありません。
仕事上の立場にいる自分と、プライベートにいる自分は別の人物です。
なんでも心で受け止めては身が持たないので切り離しましょう。
自分を褒める習慣をつける
嘘でもいいから自分を褒める習慣をつけましょう。
朝起きたら鏡に向かって「今日も可愛いな私」「今日もかっこよすぎるな俺」と言いながら笑顔になるだけで一日が全然違ったものになります。
一日の終わりにダメだったことは思い出さず、良かったことだけ考えて褒めるのも大切です。
「今日も満員電車でよろけなかったから体幹が強いな」「定時で帰れるとかタイムマネジメントの神だわ」「八百屋にたまたま寄ったら大根100円とか、先見の明があるわ」などなんでもいいです。
自分を犠牲にしない
自己犠牲なんて自己満足でやるものですから、それによって悩むくらいならもっと利己的に生きていきましょう。
おみやげのケーキにチョコがひとつで生クリームが3つあっても、チョコが食べたいなら遠慮せずにチョコを選んでいいのです。
電車で目の前に老人が立っていたって、自分の体調が悪かったら席を譲らなくたっていいし、それで隣の中年が怪訝な顔をしてきたって「お前が譲れよ。こちとら気分が悪いんじゃ。」と睨みつけたっていいんです。
誰かのどうでもいい批判なんて気にしていられるほど人生は長くありません。
あまりにも迷惑だったり警察の御厄介になるようなことでもなければ、もっと利己的に生きてみましょう。
みんなそれぞれ、どこか狡さと良心との狭間で生きているのです。
無理して変えようとしない
変わりたくないという選択をしてもOKです。
自分が嫌いだけど、嫌いだからこそ見えたこともあるし、心の弱い人に寄りそうこともできると考えれば悪いことだけではないからです。
無理をすることでさらに疲弊するよりは、まぁまぁな人生だな、と思えれば大丈夫です。
ポジティブな発言を心がける
どうにもならないと思ったら「そのうちどうにかなるだろ」と言い、自分が嫌いすぎたら「めちゃくちゃ自分に向き合ってる」と言い、好きな人に振られたら「より良い相手に出会えるチャンス」と言いましょう。
いかなる現実もポジティブな言葉に変えれば本当にそう見えてくるからです。
良い意味の自己暗示はどんどんかけていきます。
ネガティブな自己暗示にかかったくらいですから、ポジティブな自己暗示にもかかりやすい性格ともいえるので、今までが「何故だかわからないけど自分が嫌い」だったのを「根拠もないけど自分って良い奴」に変えるのです。
他人を好きになる
他人を好きになれば、その人もこちらを好きになってくれる可能性が高まります。
それは好きな相手には自然と笑顔が出るし、喜ばせたいと思って行動することも増えるからです。
そうしている内に笑顔で接してくれる他人が増えれば自分も生きやすくなります。
また、他人を好きになるにはその人の欠点も受け入れることになるため、他人の欠点を認められるようになれば、自分の欠点も良い所で相殺できることを知るでしょう。
自分嫌いを克服して、自信を持とう!(まとめ)
自分の欠点は事実として認め、改善できる方法がないかを模索すれば済む話。
自分という存在そのものを嫌いになるほどのことではありません。
それに、何の欠点もない人なんて、むしろ面白みに欠けています。
でも大体そう見せかけるのが上手いだけで欠点は誰でも1個くらいは持っているもの。
そこにばかり目が向いているかどうかの違いといえます。
根拠のない自信は他人に向けると間違えますが、自分が楽しく生きて行くための自信くらい持ってもいいのではないでしょうか。
自分が幸せになることへ向き合ってみましょう。